「はい、あんたにはコレね」
 
そう言って、遠坂は小さな革袋を渡してきた。

持った感じは見た目よりも重いってこれは
 
「宝石?」
 
手のひらの上に出してみる。
以前飲んだ石より若干大きめ、飲み込むには少し大変そうな大きさの黒い石が出てきた。
 
「やり方は同じよ。その石を飲み込んで、体内で魔力を放出させて無理矢理回路をこじ開けてオンの状態にする。あとは自力でオフにできるようにして、体にスイッチが有ることをわからせる。まぁ以前と同じ事をするだけだから平気でしょ?ただ違うことは、今回は石が少し大きいから込められた魔力も大きく回路を開く力も強いって事と、黒曜石(オブジディアン)を使うところね。黒曜石は、秘められた才能の開花っていう意味を持っているから今回みたいな事にはうってつけの石よ」
 
 
 

一章:U/回路解放

 

 
……
今、俺は遠坂と二人で道場にいる。
桜とイリヤは中庭に出ていった。
 
遠坂とイリヤが屋敷全体に遮音の結界と人払いの結界を張って、俺たちは二人一組に別れてこれから鍛練を始める所だ。
 
 
 
黒光りする石を見ながら以前、遠坂からもらった石を飲んだ時の事を思い出した。
 
日課の鍛練を失敗した時のような、背骨がいや体が内側から引き裂かれるようなあの痛み、それが今度はもっと強く出ると、遠坂は言っているのだ。
 
遠坂は、いつもと同じような表状をしていたけど
 
そうか、それなら効きそうだな。サンキュー遠坂」
 
俺の返事を聞くと、遠坂は目を細めた。
 
以前の宝石で回路は全て開くと思っていたわ。でも士郎の回路は開かなかった。私はこれからあなたが感じる痛みがどれ程か予想はつくけど理解はできない」
 
それは、『これが引き返す最後のチャンスよ』と、言っているような気がした。
 
リスクを負わずに強くなれるとは思っていなかったし、そもそも魔術は等価交換なんだ。
今から感じる痛みがもしかしたら耐えられず廃人になったり死んでしまうかも
しれないことが強くなるためのリスクなら、答えは決まっているだろう。
 
 
 
「大丈夫だよ。俺はこんな所でくたばりはしないさ」
 
 
 
だから、そう笑顔で答えてやった。
 
?!ふ、ふんっ!当たり前よ。こんな入口で死んでもらっちゃ困るわ。あんたには教えなきゃならない事が山程あるんだから」
 
遠坂は面白いくらい赤くなってそっぽを向いてしまった。

(…
本当に素直じゃないんだから)
 
いつまでも遠坂をからかっていてもしょうがないので、俺は一度大きく深呼吸をして、真剣でいて心配そうに俺を見ている彼女を尻目に、その黒い石を飲み込んだ。
 
 
 
ドクンッッッ!!!

ギチギチギチギチギチギチ!!
 
 
 
!?ぐああぁぁあぁあああ!!!」
 
初めの衝撃は容易く意識を刈り取った。
しかし、続く身体中の神経に真っ赤になった極太の鉄の棒を捩じ込まれるような痛みに、落ちた意識は直ぐに引き戻された。
 
 
 
ギチギチギチ!!
 
 
 
「!?……!!!」
 
……!!」
 
自分がどんな叫び声を上げているのか、遠坂がどんな声をかけてくれているのかなど聞こえない。
すでに五感の全ては機能していない。
 
 
 
ただ不思議な事に、粉々に弾け飛びそうな痛みに悶え、苦しみの叫びを上げ続ける自分を、他人事のように見ているもう一人の自分がいるのだ。
 
次第に意識はそのもう一人の自分と融合し、足下が光に満ちていくと
 
 
 
頭上にいくつもの撃鉄が浮かび上がった。
 
 
 
辺りを包んでいた光が収まり、様子が明らかになってくる。

すると、そこには123…27個の撃鉄が、落ちた状態で激しく火花を散らしていた。
その様子はまるで
 
「鍛冶場みたいだな
 
火花が飛び散り、燃料と鉄の燃える臭い、熱気と煙に満たされたそこは鍛冶場だった。
 
そうか、これが俺
 
魔力という鉄を錬成して剣を作る。
それが自分に許された魔術であり、つまり衛宮士郎は鍛冶師なのだ。
 
強化より投影が先にできたことも当然だろう。
何故なら俺は、紛れもなく創る者だったのだから。
 
 
 
そして、その鍛冶場の中心にそれは在った。
 
多くの宝石で飾られた剣。
 
かつて彼女が老魔術師に導かれ、抜いた選定の岩の剣。
 
そしてアーサー王(セイバー)が選んだ、王の運命。
 
 
 
『勝利すべき黄金の剣』( カリバーン ) 
 

 
俺が初めて創り出した剣でもあるそれは、まるで俺に抜かれることを望むかのように小高い丘の上に突き立てられていた。
 
 
 
俺は丘を登り、剣の前に立つ。
 
 
 
「今度は俺の番だな、セイバー」
 
 
 
かつて彼女がそうしたように、今俺もこの剣を引き抜こう。
絶望の中で憧れ、彼女に廻り逢い導かれた
 

 

ただ一つの、俺の信念のために


 

そうして柄に手をかけ


 
 

 どこからともなく風が吹き 


 
 

 一気に剣を引き抜いた。

 


 直ぐ近くで金砂が舞った気がした。


 
 
 
 
ああぁあぁぁああ!!っはぁ!はぁ!はぁ

 
「!?し、士郎!!大丈夫!?」
 
「はぁ、はぁあぁ、まだ体は火のように熱いけどなんとかな」
 
意識が外の自分に戻ったらしく、激しい倦怠感と熱さ、叫び続けていたための喉の痛み、そして遠坂の心配そうな顔が見えた。
 
「そうならいいわ。でも衛宮君、それはどういう事なの?」
 
遠坂はうって変わって不機嫌になりながら、俺が持っている物を睨んでいる。
 
「あぁ、引き抜いてきたんだよ」
 
事実を端的に説明した。
 
そんな簡単に言われたってわかるわけないでしょー!!だいたい、どうやったらスイッチを作る過程でセイバーの宝具なんか投影できるのよ!?」
 
つ〜ぅ、大丈夫とは言っても身体中回路を開いた反動で狂ってるんだから、目の前でそんなに怒鳴らないで欲しいぞ。
 
「まったく私がどれだけ心配
 
遠坂はそっぽを向いて、ゴニョゴニョと文句を言い続けてる。

その様子が余りに可愛いらしかったんで知らず知らずの内に頬が緩んでいたらしく、今度は俺がジト目で睨まれてしまった。
 
「は、ははは
 
「たくまたそんな物を投影したら、回路が焼き付いちゃうじゃない」
 
今度は心底呆れたって表情で溜め息をつかれた。
 
「むでも投影の負荷はそんなにかかってないぞ。今あるのは回路を無理矢理開いた反動だけだよ」
 
「えっ?ちょっとごめんね、士郎」
 
そう言うと遠坂は俺の背中に手をついた。
 
全ての回路が開けたのね。それで投影の負荷も分散されてけど、英霊の宝具の投影がこんなに小さな負荷でできるなんて信じられない」
 
その言葉には、困惑と畏れと怒りが込められているように思った。
 
まぁ、何はともあれ大成功だったわけね。体調は1週間くらいで元に戻るだろうし、今日はこのくらいにして、明日からは魔術の基礎からもう一度教え込んでいくから」
 
遠坂の声はいつも通りに戻っていた。
 
「わかったよ」
 
「じゃあ、そういう事にして私は桜たちの様子を見に行ってくるけど、あんたは今日はもう投影なんてしないで休んでなさい。その剣もいつまでも持ってる訳にもいかないでしょ」
 
そう言って、遠坂は道場を後にした。
 
 
 
遠坂が出ていったのを見届けると、俺は道場の床に大の字に寝転がった。
何せ、目を閉じれば直ぐにでも眠れるほど疲れている。
 
「投影か
 
右手で握っているカリバーンを掲げる。
 
遠坂はこのカリバーンを『投影した』と言っていたが、今回に関してはその表現は当てはまらない気がする。
 
中に在った物を“引っ張り出した”って感じだったよな
 
たぶん、俺の魔術は投影とも似て非なるモノなのだろう。
 
そんな漠然としていて確信めいた事を考えながら目を閉じようとした時
 
 
 
ガッシャーンッッ!!
 
 
 
中庭の方からガラスの割れる音が聞こえた。
 
 

 

 

 

……今、わたしはサクラと二人で中庭にいる。
それというのも
 
『イリヤ、一つお願いがあるんだけど私が士郎についている間、桜についていてあげてくれない?』
 
と、リンから頼まれたからだ。

本当はシロウと一緒にいたかったんだけどわたしではシロウの回路は開けなかったし、しょうがないか。
 
でも変な話よね、あなただってリンに師事しているのに、わたしで良いの?」
 
だから、私に背を向けて立っているサクラに向かって、少し嫌味を込めて声をかけた。
 
はい。私がイリヤさんにお願いしたいって姉さんに言ったんですから、良いに決まってます」
 
そう言って振り返ったサクラは、どこか不安げな顔をしていた。
 
 
 

どういうこと?」
 
わたしが怪訝な顔で聞くと、サクラは前に組んだ手で服の袖を握りながら話し始めた。
 
「イリヤさんは間桐いえ、マキリの魔術がどんなものなのか知っていますよね?」

 
 
マキリ、ここ冬木の聖杯システムを創った御三家の一つ。
同じ御三家の一つであるアインツベルンのわたしは、祖父から彼らがどんな魔術を使うのか大体教えられてはいる。
 
 

「水属性の魔術で、おじいちゃんには、『マキリの魔術師は妖獣使いだ』って教えられたわ」
 
「はい、確かにマキリの魔術は支配吸収他者を操り使役する魔術を伝えてきました。私は体質をマキリのそれにするための施術と同時に、魔術刻印も移植されているんです子宮の中に。マキリの魔術刻印は刻印虫という淫虫で、私はそれを埋め込まれているんです」
 
サクラは気丈に打ち明けているけど女として、その言葉の意味がいかに重いものか深く同情はする。
 
けど、私たちは魔術師だ。
わたしは返事をしないで、サクラが続きを話すのを待った。
 
「姉さんから今回の事の結末を聞いた時に、イリヤさんが聖杯の器だったって聞きました」
 
ええ、そうよ。わたしは今回の聖杯戦争のためにアインツベルンが用意した聖杯よ。でも、それと貴女がわたしを指名したことと、何の繋がりがあるのかしら?」
 
サクラはなぜわたしを指名したのか、なぜ自分の身の上を打ち明けるのか
 
 

実は私も聖杯の器なんです。私に埋め込まれた刻印虫は前回の聖杯戦争の聖杯の破片から造られたものなんです。祖父は今回の戦争で私に聖杯を降ろさせるつもりだったみたいです」
 
 

……そっか、だからわたしを指名したのね。確かに、貴女の体の状態を一番理解できるのは、わたしだものね」
 
「はい、それに今話したことは姉さんや先輩には知られたくないですから」
 
これで納得がいった。
そういうことなら仕方ない、サクラも弟の大事な家族ですもんね
 
「分かったわ。貴女のこと、わたしもみてあげる。今聞いたことも、あの二人には黙っておくわ。リンはもう知っているかもしれないけど、シロウには貴女が直接言った方が良いことだしね」
 
「あっ、ありがとうございますイリヤさん」
 
サクラの顔が少し和らいだ気がした。
 
「それで、貴女は具体的にどの程度魔術が使えるの?」
 
「はっ、はい!えーと、基礎的な魔術は大体できますし虫程度なら支配の魔術も扱えます」
 
なるほど、シロウよりは断然優秀ね。
 
「そう、じゃあ一応見せてもらえるかしら?」
 
「はい」
 
 
 
…………
………
……

 
 
 
確かに、強化なんかの基礎魔術は一般的な魔術師の水準をクリアしてるわね。
 
「じゃあ、今度は支配の魔術を使ってみて」

「はい
 
サクラは目を閉じ、呪文を唱え始めた。
 
 

Ich() befehle(じる)---Schatten(影た) versammeln(ちよ、我) sich(が許) zu() mir(集まれ) !
 
 

詠唱と同時に魔力がサクラの周りに集まり始める。

?でも、集まってくる量がおかしい、多すぎる!
すでに行き場を失った魔力が暴走し、渦を巻いている!
 
「!?ちょ、ちょっとサクラ!何をしてるのよ、早く魔力を制御しなさい!きゃっ!」

 
 
ガッシャーンッッ!!
 
 

巻き上げられた石が、縁側の窓ガラスを割る!
 
(…
あ〜、後でリンに何か言われそう…)
 
「!?い、イリヤさん!大丈夫ですか!?そ、それがやってはいるんですけど、制御できないんです〜」
 
「貴女さっき、支配の魔術も扱えるって言ったじゃない!!」
 
「今まではこれで虫たちを呼べたんですけどあっ!そういえば使役していた虫たちは全部、戦争で燃やされちゃたんでした〜!」
 
バカ。
それで魔力が行き場を無くしちゃったわけね。

 
 
「!?ちょっと!これはいったいどういうことよ!」
「おい!さっきのでかい音は何だったんだ!?」
 
騒ぎを聞きつけて、リンとシロウが駆けつけてきた。
どうでもいいけど、その手に持ってるセイバーの剣はなんなの、シロウ
 
「説明は後よ!早く二人も抑えるのを手伝って!いや!あぶない!!」
 
今度は、石が頬を掠めて飛んで行った。
 
「全く、世話が焼けるわ!」
 
リンは宝石を取り出して詠唱を唱える。
わたしも一緒に回路を発動させる!

 
 
Bindung(拘束) !
 
静まれ! 
 



二人がかりで抑え込めば

 
 
バウッ!!

 
 
「くっ!まだ集まって来るのわが妹ながらすごい潜在能力だわ!」
 
「ちょっとリン!感心してる場合?このままだと抑えきれなくなって爆発するわよ!」
 
「くっ!何か俺にできる事は!そうだ!」
 
シロウがわたしとリンの前に飛び出して来た。
 
「ちょっと士郎!何する気なの!」
 
「二人とも!魔力をこの剣に集めてくれ!後は俺が何とかする!」
 
「何とかってあんた!」
 
「リン!だめ、抑えきれない!」
 
わっかたわ、イリヤ!」
 
シロウの持っている剣に魔力が集まる。

そして彼は、
 
「ぐっ!
あああ!!
 
剣を突き上げ

 
 
勝利すべき黄金の剣(カリバーン)!!!』

 
 
剣の真名を解放した。
 
 
 
放たれた剣撃は空の奥に吸い込まれていった。
 
 
 
  
 
サラサラサラ
 
シロウの持っている剣が剣先から砂になり消えていく。
 

 


ドサッ!

 

 
「桜!?」
 
倒れこんだサクラをリンが抱き起こす。
 
「姉さんそれにイリヤさんに先輩、ご迷惑をおかけしました
 
「いいんだよ、桜。それよりお前は大丈夫なのか?」
 
「はい私は

 
 
ウニョ

 
 
その時、サクラの影が微かに動いた。
 
「ちょっと桜、なんか今
 

 
ウニョ、モゾ、ゴソ

 
 
「えっ
 
影の中で蠢いていたそれらは、もそもそと這い出し、サクラの頭と肩の上に乗った。
 
「それって

 
 
「影でできた虫??」


 
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